庭の千草
童謡・唱歌・流行歌全集より -8-
そろそろ庭に咲く花も少なくなり
健気に咲いている白菊の花を見ると
明治17年に『小学唱歌集』に載せられた
『庭の千草』をふと思い起こします
一般的には 冬枯れの庭に咲き残る白菊を歌ったものと思われているが
実は 伴侶に先立たれた人が
健気に生きる姿を歌ったものなのだそうです
庭の千草 小学唱歌集
庭の千草も 虫の音も かれて淋しくなりにけり
あゝ白菊や あゝ白菊 ひとりおくれて咲きにけり
露にたわむや 菊の花 霜におごるや 菊の花
あゝあはれあはれ あゝ白菊
人の操も かくてこそ
初冬の庭に咲く 白菊のあわれを歌っているが
表面的な自然描写の背後に 人の心情描写が隠されている

そろそろ庭に咲く花も少なくなり
健気に咲いている白菊の花を見ると
明治17年に『小学唱歌集』に載せられた
『庭の千草』をふと思い起こします
一般的には 冬枯れの庭に咲き残る白菊を歌ったものと思われているが
実は 伴侶に先立たれた人が
健気に生きる姿を歌ったものなのだそうです
庭の千草 小学唱歌集
庭の千草も 虫の音も かれて淋しくなりにけり
あゝ白菊や あゝ白菊 ひとりおくれて咲きにけり
露にたわむや 菊の花 霜におごるや 菊の花
あゝあはれあはれ あゝ白菊
人の操も かくてこそ
初冬の庭に咲く 白菊のあわれを歌っているが
表面的な自然描写の背後に 人の心情描写が隠されている
心情を直接的に露骨に表現するのではなく
自然に託して 間接的に奥ゆかしく表現する
このような重複構造を読み解かなければ
その歌を本当に理解出来ないといいます
そんな歌を小学唱歌として なぜ歌われてきたのだろう?
それは同音異義語の掛詞などによる大和歌の重複構造を
現代短歌が切り捨ててしまったため
隠された意味に触れることがなくなってしまったという
このことが 「うたことば歳時記」 というブログで
詳しく述べられていた
参考 「庭の千草」の秘密
自然に託して 間接的に奥ゆかしく表現する
このような重複構造を読み解かなければ
その歌を本当に理解出来ないといいます
そんな歌を小学唱歌として なぜ歌われてきたのだろう?
それは同音異義語の掛詞などによる大和歌の重複構造を
現代短歌が切り捨ててしまったため
隠された意味に触れることがなくなってしまったという
このことが 「うたことば歳時記」 というブログで
詳しく述べられていた
参考 「庭の千草」の秘密
大胆な剪定
夕げの匂い
紅葉
3歳
宵の明星
http://www.astron.pref.gunma.jp/flash/venus2.html
散歩から帰った時 ふと空を見上げると
南西の空にひときは強烈な光を放つ物体を発見!!
あれ? もしかしてUFO ??
そう思えるほど 他の星とは違い光が強い
カメラズームを 望遠側に最大にしてしてみると
なにやら もやもやした細胞状の模様が見える
やっぱり UFOか?
隣人まで巻き込んで カメラを覗いたのだが
後からネットで調べてみたら 「金星」 と判明
金星は 明け方や夕方にしか見られず
真夜中には見えない星
そのため 「明けの明星」 「宵の明星」 と呼ばれる
見え方の原理を 県立ぐんま天文台 のHPで
分かりやすく解説している
結局 「なぁ~んだ!」 だったけど
あの モヤモヤ模様はカメラノイズだったの?
同じ條件でスーパームーンを撮った時は
きれいに撮れたのに
2台のカメラで同じように写ったから
そこのところが納得できない・・・

散歩から帰った時 ふと空を見上げると
南西の空にひときは強烈な光を放つ物体を発見!!
あれ? もしかしてUFO ??
そう思えるほど 他の星とは違い光が強い
カメラズームを 望遠側に最大にしてしてみると
なにやら もやもやした細胞状の模様が見える
やっぱり UFOか?
隣人まで巻き込んで カメラを覗いたのだが
後からネットで調べてみたら 「金星」 と判明
金星は 明け方や夕方にしか見られず
真夜中には見えない星
そのため 「明けの明星」 「宵の明星」 と呼ばれる
見え方の原理を 県立ぐんま天文台 のHPで
分かりやすく解説している
結局 「なぁ~んだ!」 だったけど
あの モヤモヤ模様はカメラノイズだったの?
同じ條件でスーパームーンを撮った時は
きれいに撮れたのに
2台のカメラで同じように写ったから
そこのところが納得できない・・・
冬支度
ワルナスビの実
ピンクの山茶花
日没
秋色
飛行機雲

今朝 ふと空を見上げると青空に幾重にも描かれた飛行機雲
大空のキャンバスに いたずら書きしているみたい
大空のキャンバスに いたずら書きしているみたい
飛行機雲は 飛行機が出す排気ガスではなく
実はきちんとした雲なのだそうだ
その飛行機雲はどのようにして生まれるの?
飛行機が飛ぶ高度1万メートルでは
マイナス40℃以下の世界になっている
このような状態で排気ガスを出すと
その中の水分が急に冷やされて凍り
雲となって白く見えるのです
冬の寒い日に息を吐くと 白くなるのと同じ原理です
飛行機が飛ぶ高度1万メートルでは
マイナス40℃以下の世界になっている
このような状態で排気ガスを出すと
その中の水分が急に冷やされて凍り
雲となって白く見えるのです
冬の寒い日に息を吐くと 白くなるのと同じ原理です
とはいえ そんなに頻繁に見られるわけではなく
飛行機の飛ぶ高さや上空の湿度、空気の流れなどの
条件がそろわないと発生しないそうです
この飛行機雲の先には 中部国際空港があって
飛行機の飛ぶ姿はよく見かけます
今朝は気温も下がって 朝のラッシュ時に
いたずら書きをしたようだ
本当は 見つけた時
もっとはっきりとした線を描いていたのだけど
カメラを取りに行った時間差で
こんなぼやけた雲になってしまった
残念!!
飛行機の飛ぶ高さや上空の湿度、空気の流れなどの
条件がそろわないと発生しないそうです
この飛行機雲の先には 中部国際空港があって
飛行機の飛ぶ姿はよく見かけます
今朝は気温も下がって 朝のラッシュ時に
いたずら書きをしたようだ
本当は 見つけた時
もっとはっきりとした線を描いていたのだけど
カメラを取りに行った時間差で
こんなぼやけた雲になってしまった
残念!!
万両
ペチュニア・カーペット ブルーレース
薄月スーパームーン
芝生
今日の空
ピラカンサ

あちこちで 燃えるように真っ赤な実を
枝にびっしりとつけたピラカンサを見かける
寒い北風に 灰色になりがちな景色を
強烈な赤と緑のコントラストで
その周りを明るく陽気にしている
ピラカンサの実には毒性があって
鳥も食べないそうだ
それを人が食べたらどうなるか試した人がいた
結果
マズイ味を忘れるのに丸1日
刺激を忘れるのに3日もかかってしまった
と 感想を述べていたそうだ
こともあろうに それが本当かどうか
再び確認する人が現れた
だが・・・
小鳥も食べているし
苦くも渋くもなく ほのかに甘かった
15分くらい舌にわずかな痺れを感じたそうだが
なぜだろう?
結論として 時間の経過と共に毒性は薄れるらしいのだ
因みに前者は12月初めの挑戦で
後者は2月下旬に挑戦したようだ
鳥たちもそのことを知っていて
食べごろになって集まってきたらしい
こんな記事を読んで試してみる人もいないだろうが
いろんな人がいて面白い
それも 「ピラカンサ」 をブログに書こうと思ったから
知りえた雑学だ
●参考ブログ 「ピラカンサの実を食べた」
木枯らし
桔梗
紅葉
工事灯
ガイラルディア
夕日
童謡・唱歌・流行歌全集より -7-

現在まであせることなく歌い継がれている
童謡の「夕日」
夕日を見るとつい口ずさんでしまう
「夕日」は 童謡詩人の葛原しげるの詩に
大正10年(1921年) 室崎琴月が曲を付けた童謡
童謡の「夕日」
夕日を見るとつい口ずさんでしまう
「夕日」は 童謡詩人の葛原しげるの詩に
大正10年(1921年) 室崎琴月が曲を付けた童謡
「ぎんぎんぎらぎら・・・」で始まる詩は
最初 「きんきんきらきら」であったが
小二の長女に 『きんきんきらきら』は朝日で
夕日は『ぎんぎんぎらぎら』でしょう と言われて
変更したという逸話もある
夕日 葛原しげる
最初 「きんきんきらきら」であったが
小二の長女に 『きんきんきらきら』は朝日で
夕日は『ぎんぎんぎらぎら』でしょう と言われて
変更したという逸話もある
夕日 葛原しげる
ぎんぎんぎらぎら 夕日が沈む
ぎんぎんぎらぎら 日が沈む
まっかっかっか 空の雲
みんなのお顔も まっかっか
ぎんぎんぎらぎら 日が沈む
ぎんぎんぎらぎら 夕日が沈む
ぎんぎんぎらぎら 日が沈む
カラスよ お日を追っかけて
真っ赤に染まって 舞って来い
ぎんぎんぎらぎら 日が沈む
寒い朝
「寒い朝」 で思い出すのは
1962年に発売された吉永小百合のデビューシングル
マヒナスターズと歌ったあの歌謡曲だ
当時の青春ソングが懐かしい
1962年に発売された吉永小百合のデビューシングル
マヒナスターズと歌ったあの歌謡曲だ
当時の青春ソングが懐かしい
寒い朝 作詞 佐伯孝夫 作曲 吉田 正
北風吹きぬく 寒い朝も
心ひとつで 暖かくなる
清らかに咲いた 可憐な花を
緑の髪に かざして今日も ああ
北風の中に 聞こうよ春を
北風の中に 聞こうよ春を