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家紋

家紋2


街ではもうほとんど見かけることがなくなったけど

旧家の並ぶ田舎道を歩いていると

あちこちで家紋のついた倉屋敷を見かけることがある

現在 採取されているだけで2万近くの家紋が確認されているそうだ

そもそも家紋は

源、平、藤原、橘といった 強力な氏族が名を馳せていた時代

地方に移り住んだ氏族が 他の氏族と区別を図るため

名字を表す独自の紋章をつけたのが始まりで

その後 武家や公家が家紋を使用するようになった

血統や帰属勢力としていくつかのグループに分けることができ

それぞれがそのバリエーションで構成し

新たに創作した家紋が現代まで伝わっているのだという

あなたは自分の家の家紋を知っていますか?

我が家は 「丸に三引両」 というとても簡単な紋章で

がっかりしていたものだが

家紋は単純なものほど歴史が古く

丸に三引両は戦国時代の武将・三浦道寸の紋で

源頼朝を助けて幕府創建につくし 関東中部地方に栄たということで

ちょっと誇らしく思えてきた

こんな機会に自分のルーツを辿ってみるのも楽しいかもしれない

因みに 写真の家の扇の家紋を調べてみたが

私の調べでは扇の紋だけで167種あり

その中にも この形の紋は見つからなかった (残念)


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No title

扇では無く扇に骨が無い地紙ですね。(^-^)
丸に輪違い紋と地紙紋が重なっている事から、家紋が進化する
段階で、両者が多分結婚か何かで重なって作られたのではない
でしょうか?何万とある家紋の中でも新しい部類に入ると思います。
ちなみに我が家は丸に木瓜です。
お墓に付いていますが、意味は分かりません。(^_^;)



プリティ・カフェ・チューリップさん

なるほど、地紙紋だったのですね。(^^ゞ
ありがとうございます。
地紙紋が重なったものはありますが、この円が重なったものは
見つけることができませんでした。
プリティ・カフェ・チューリップさんがおっしゃるように、両家が重なってできた
新しい家紋かもしれませんね!

御家の「木瓜」は、藤原氏や旗本の多くが使ったと言われ、
中でも「丸に木瓜」と限定すれば、
伊豆の田方郡の藤原南家乙磨流の名族・工藤氏の定紋。
また美濃の安八郡大島より起こる
清和源氏頼光流土岐氏族支流の大島氏の替紋だったそうですよ。
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